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そんな風におぼえていてくれるとは思ひがけなかつた。
しかしこんな田園詩イデイイルのなかにも生活の鉄則は横たわっている。彼らはなにも「白い手」の嘆賞のためにかくも見事に鎌を使っているのではない。「食えない!」それで村の二男や三男達はどこかよそへ出て行かなければならないのだ。ある者は半島の他の温泉場で板場になっている。ある者はトラックの運転手をしている。都会へ出て大工や指物師になっている者もある。杉や欅の出る土地柄だからだ。しかしこの百姓家の二男は東京へ出て新聞配達になった。真面目な青年だったそうだ。苦学というからには募集広告の講談社的な偽瞞にひっかかったのにちがいない。それにしても死ぬまで東京にいるとは!おそらく死に際の幻覚には目にたてて見る塵もない自分の家の前庭や、したたり集って来る苔の水が水晶のように美しい筧かけひの水溜りが彼を悲しませたであろう。
「大きいかね」
房一は満足げに、かへつて来た犬の頭をかるくたゝいた。
日は高く上つて、噎むせるやうな温かい空気が、時々、風の工合で河原の方からやつて来た。徳次も切り上げて来た。三箇の魚籠びくを中にして、頭を並べて獲物を見せ合つた。
一座はしづまり返つていた。何か緊迫した気配があつた。――とにかく、それは予定の中には入つていなかつた。こんな風に突然誰かが立上り、荒々しい声を張り上げ、何を云ひ出すか判らないのにぢつと膝をついて聞いていなければならぬとは!
「ありがたう。――あ、大きいね」
房一はさつき、まだ午飯ひるめしが終り切らないうちに、あのトラホームの婆さんにやつて来られたのである。ちやうどその時、盛子は房一によそつた飯茶碗を渡しながら、何気なく、ふいに、「早いのね、もう一年あまりたつてしまつたわね」と呟いたのであつた。すると房一は、自分では度忘どわすれしていたことを云はれでもしたやうにびつくりし、打たれ、感慨深げに、「ふうむ、さうだ!」と答へ、それでも足りないで、どういふわけか受とつた飯茶碗を手の中で廻しながらそれに見入つて、もう一度「ふうむ」と呟いた。若しこの時、トラホームによつて中断されなかつたら、この「ふうむ」はもつと形を変へて、二人の間ではもつと生き生きした会話がつづいたらう。だが、トラホームがその感慨の深まりと、成長を中断した。房一はそゝくさと飯をかきこんで、診察室に出て来た。この婆さんのトラホームは難症であつた。だが、病気ばかりでなく、婆さんそのものも甚だ難物だつた。婆さんはトラホームといふ病名を知らなかつたばかりでなく、云つて聞かせても、まるで悪名を蒙かうむつたかのやうに、頑固に黙りこんでいたから、治療をうけに通はせるやうに説き伏せるのに骨を折つた。だから、房一はトラホームばかりでなく、婆さんの頑固さにも対抗して、念入りに処置しなければならなかつた。さもないと、次の日から婆さんは通はなくなる恐れがあつたからである。
「印度洋の方では、何とかいふ軍艦がたつた一隻で荒あばれまはつているんだつてね。それがちつとも捉つかまらないと云ふから面白いねえ」
と、房一は自然と紅黒い顔をひきしめた。相沢は随分永い間、それこそ房一がうんざりするほど永い間こつちをのぞきこんでいたが、
「いや、私はすぐこの近くで医者をしとる、高間といふ者ですが」